2010年11月02日
14年ぶりの再会
娘の買い物に付き合い ふと 愛ネコのトイレマットが切れていることを思い出しました。
閉店間際の ペットショップに飛び込みました
すると目の前に 数秒目が合ったお客さんがいました。軽く会釈されたのですが まさか知りあいとは 私の方は全然気付かず さーっと通り過ぎました。
買い物かごに品物を摘め レジに向かうと またさっきのお客さんが目の前に・・
・
そう 14年前 以前住んでいた借家のお隣に住んでいた家族の息子さん
でした。
お父様と「お母様には それはそれはお世話になりました。お食事を一緒にしたことも何回かありました。
「えー??いまいくつになったの??」
「33歳です」
「えー??全然分からなかった あのころは・・・・」
「19歳です」
脳裏に浮かぶ彼は 中学生・・・そして高校生・・・。学生服を来て 自転車で高校に通っていた姿
娘が生まれる時も お隣さんが心配して 顔を出してくれました。娘を泥んこで遊ばせている姿もお隣さんはよく見たでしょう。また夜中から早朝 家の前で 車で寝ている主人を
お隣のご主人さんは よく起こしてくれました

33歳になった 彼の側には 可愛い奥様がいました
今は お隣の県に住んでいるとのこと・・・
「ご主人さんのこと聞きました」
14年経った今でも 共通の知人がいて 彼の耳にも届いたのは不思議ではありません
「何の病気だったんですか??」
「難病で ALSってわかる?」
「あ
〇〇さんと同じ・・・」 急に隣の 奥さんから声がでました。
彼らの親しい知人が ALSで両手が動かないと知らされました
(あ・・・うちの主人と同じ進行
)
偶然立ち寄ったお店で 14年ぶりに会い その知人が同じALSとは・・・
偶然にしては 不思議でたまりません
閉店間際の ペットショップに飛び込みました

すると目の前に 数秒目が合ったお客さんがいました。軽く会釈されたのですが まさか知りあいとは 私の方は全然気付かず さーっと通り過ぎました。
買い物かごに品物を摘め レジに向かうと またさっきのお客さんが目の前に・・

そう 14年前 以前住んでいた借家のお隣に住んでいた家族の息子さん

お父様と「お母様には それはそれはお世話になりました。お食事を一緒にしたことも何回かありました。
「えー??いまいくつになったの??」
「33歳です」
「えー??全然分からなかった あのころは・・・・」
「19歳です」
脳裏に浮かぶ彼は 中学生・・・そして高校生・・・。学生服を来て 自転車で高校に通っていた姿
娘が生まれる時も お隣さんが心配して 顔を出してくれました。娘を泥んこで遊ばせている姿もお隣さんはよく見たでしょう。また夜中から早朝 家の前で 車で寝ている主人を



33歳になった 彼の側には 可愛い奥様がいました

「ご主人さんのこと聞きました」
14年経った今でも 共通の知人がいて 彼の耳にも届いたのは不思議ではありません
「何の病気だったんですか??」
「難病で ALSってわかる?」
「あ

彼らの親しい知人が ALSで両手が動かないと知らされました

(あ・・・うちの主人と同じ進行

偶然立ち寄ったお店で 14年ぶりに会い その知人が同じALSとは・・・

偶然にしては 不思議でたまりません

2010年11月02日
モルヒネの問題
ボルタレンが使用できなくなり 主人は自力で耐えていました
先日 しみじみ読み直した 施設の「家族への連絡ノート」にはっとしました
「ボルタレン使用は本人の希望でOFFとし 対処しています。痛みは自制内ということでしたが・・・医師と相談して 胃薬と鎮痛剤を検討して頂ければと思います。左肩自然脱臼時に痛みが増強しています」
ボルタレンを中止した主人は 違う鎮痛剤を求めていましたが・・・本人と施設側 医師との間で 上手く話しが進まず主人が怒っていたことを思い出します。 短い期間お世話になった主人が心開いた訪問医に どうにか助けてほしいと電話したこともありました。ただ 施設入所した以上 主治医はその施設の医師で 今までお世話になった訪問医は施設には入れないのです。受診する時は 施設を退所しなければならないとか・・・医療保険と介護保険は同時に使えない など 日々分からないことばかりで 納得いくように説明を仰いだり 妻の私の頭も満杯の時期でした。 鎮痛剤の交渉をしている間に・・・主人の病状は家族との会話がやっとになり 他の面会は本当に主人が会いたいという人以外 止めました。
モルヒネの話しもでていました。主人は家族と会話も出来なくなると 断固として拒否。
「その後の辛さを ご主人さんは予想してなかったようです。苦しまずに息を引き取ったお父さんの姿イメージしていたのでしょう・・・。あの時 モルヒネを準備していたら 要求された最期の時に使えたんです。あの時準備していればよかった・・・」
先日訪問した 施設で 看護師長から そんな話題が出ました。
あの最後の日 主人がそこまで拒んだモルヒネを しきりに懇願しましたが 結果として使用が認められませんでした
確かに 主人はお父さんの姿をよく語り 自分は呼吸器にはこないと思い込んでいました。
SPO2の記録を見ると 1月初めの記録は 95% 94%・・・・
ぜんそくが起きたときで97%と聞きました。既に呼吸器がやられていたのです

先日 しみじみ読み直した 施設の「家族への連絡ノート」にはっとしました

「ボルタレン使用は本人の希望でOFFとし 対処しています。痛みは自制内ということでしたが・・・医師と相談して 胃薬と鎮痛剤を検討して頂ければと思います。左肩自然脱臼時に痛みが増強しています」
ボルタレンを中止した主人は 違う鎮痛剤を求めていましたが・・・本人と施設側 医師との間で 上手く話しが進まず主人が怒っていたことを思い出します。 短い期間お世話になった主人が心開いた訪問医に どうにか助けてほしいと電話したこともありました。ただ 施設入所した以上 主治医はその施設の医師で 今までお世話になった訪問医は施設には入れないのです。受診する時は 施設を退所しなければならないとか・・・医療保険と介護保険は同時に使えない など 日々分からないことばかりで 納得いくように説明を仰いだり 妻の私の頭も満杯の時期でした。 鎮痛剤の交渉をしている間に・・・主人の病状は家族との会話がやっとになり 他の面会は本当に主人が会いたいという人以外 止めました。
モルヒネの話しもでていました。主人は家族と会話も出来なくなると 断固として拒否。
「その後の辛さを ご主人さんは予想してなかったようです。苦しまずに息を引き取ったお父さんの姿イメージしていたのでしょう・・・。あの時 モルヒネを準備していたら 要求された最期の時に使えたんです。あの時準備していればよかった・・・」
先日訪問した 施設で 看護師長から そんな話題が出ました。
あの最後の日 主人がそこまで拒んだモルヒネを しきりに懇願しましたが 結果として使用が認められませんでした

確かに 主人はお父さんの姿をよく語り 自分は呼吸器にはこないと思い込んでいました。
SPO2の記録を見ると 1月初めの記録は 95% 94%・・・・
ぜんそくが起きたときで97%と聞きました。既に呼吸器がやられていたのです
