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Posted by つくばちゃんねるブログ at

2010年08月30日

自然分娩 娘の誕生秘話

娘の誕生にまつわる「出産ストーリー」がありました。

十数年前・・・私の初めての妊娠出産で 総合病院で定期検診を受けておりましたが 疑問だらけになっていました。「当病院は自然分娩です・・・・」と書いてあるのに 「 点滴をしながら分娩 」という 説明もありました。 8ヶ月の検診の時に 「赤ちゃん逆子ですから 帝王切開ですね」と あっさり汗 直す方法も教えてもらっていませんでした。 ふつふつと なぜ昔は家で産んだのに・・・私と兄はお産婆さんに取り上げてもらったのに・・・何が自然??そのころから・・・いいえ もっと以前から
 「 自然にあるべき姿 」
 には考えさせられていた私でした。 

自分の納得できる お産がしたい! 自然に産みたい!いう思いが湧き上がり 情報を集め 様々な医療行為を受けない証明書を作り 医師にもって行きました。
 「 あなた方は我々が助けたいという思うですることを するなとおっしゃるのですね!
  であればこちらでは受け入れられません! 」 と 強く断られたときのこと 思い出します。 
そして 自然に家で産みたい!と 自分の気持ちが固まり 「 助産院 」を 訪ねましたが
 「 今時 家で産むなんて・・・ 」 開業助産婦さんにも断られた苦い経験がありましたがーん…

そんな 途方に暮れた時に 私のポリシーに共感して下さる助産婦さんと出会いました。 
電話の問い合わせでしたが まず 「 自宅分娩したいのですが・・・? 」との質問に 
「 自宅分娩も出来ますよ 」
と返答ありびっくり 病院のお産に疑問を抱いたこと 医療行為を避け自然に産みたいことなど お話しすると
「 それは すばらしいですね 笑と 一言 電話の向こうから 返答があり うれしくてうれしくてグッドグッド 舞い上がったのを思いだします。今思えば 私も頑固で 願いを叶えるために 悔しい思いもしながらよく頑張りました。(二十代後半でした)

「ひよこが 自分の口ばしで殻を割って出てくるように 赤ちゃんも自分の力でお母さんのお腹から生まれてるのです」キラキラ 
助産婦さんの言葉が それはそれは 飢え乾い喉に水がしみこむ様に 心の奥に入って行きました。
以後 苦痛な順番待ちの診察もなくなり 助産婦さんと ゆったりお話ししながら 分娩子育ての準備に入りました。逆子は体操で?直りましたが 助産婦は そのような状態でも きちんと技術で対応するとのこと・・・本当に心強かったですちょき  

分娩時間は16時間程かかりましたが、不必要に息む事もなく 娘がゆっくりゆっくり下りて来る時を主人と二人で待つような 感動的なお産でした。笑い話も多々あり 我が家には そのストーリーが漫画になって残っています。 
     
そんな一緒に乗り切った時を 主人は思い出していたでしょうか? 次々に見舞いに来る 教え子達に
延命はしないという話しと一緒に 出産も自然であった と自慢げに話していました。
私が聞き飽きるくらい語るのが好きな人でした晴れ話すのも苦しくなってきていた時期に 本当によく喋りました汗寿命を縮めているのももちろん承知の上でした。
  

  


Posted by マリン at 20:28Comments(0)女性として

2010年08月29日

 「遺漏を拒否」 読売新聞記事

読売新聞の医療ルネサンス 「遺漏」という文字に 引きつけられました。 
(「平穏死を考える」 8/24 25 掲載)
  主人が選択したのが「平穏死」だったのね・・・  遺漏をつけない選択は 主人ばかりでないのね・・・と 今回は私が勇気付けられました。

人口呼吸器の問題は読んでいても 遺漏の選択についての記事を読んだのは初めてでした。人口呼吸器の問題はそれは大変なことだと ケアマネさんから セカンドオピニオンのドクターから詳しく説明はあっても 遺漏の説明はそれほどなかった現状汗。 

「 遺漏 呼吸が大丈夫なうちに つけましょうか?  」
「 だんだん食べられなったら 遺漏を使って 季節のものだけでも 口から食べて楽しむことも出来ます 」
そんな感じでした。 いまいち 何と言っていいのか・・・遺漏の知識も無く 主人もすっきりしない感じでした。

それが・・・2月の初めに そのドクターを訪ねた時は・・・ 既に呼吸も辛くなってきていて・・・
「 あららら・・・ 早いね。 遺漏 つけましょうか。 この辺だと 〇〇病院で出来るけど・・ ・」
「 先生・・・遺漏 付けない! 」(キッパリ)
「 え?付けないの? 」
「 うん・・・呼吸器も付けない! 」(キッパリ)
「 まだ若いんだから 付けた方がいいと思うけど・・・ 」
「 うん・・・ 付けない。自然でいいにこにこ(笑) 動物はたべられなくなったら死ぬ・・・。それでいい。うちの家内も 子供を産む時 点滴も薬も使わなかった。 」(穏やかでした)

そう 私の出産は 総合病院での 薬漬け機械的なお産に納得出来ず ぎりぎりで転院し 開業助産婦さんに委ねたという出と産ストーリーもありました。(後ほど)
  
そのドクターと初めて 二人で訪ねたあの時は 
「 私も最近 子供が生まれて・・・もしそうなったら 子供の成長を見たい 生きたいと思うだろうなって考えました 」 と話されていましたから きっと このドクターは 呼吸器を付けて延命を望むのだろうと思っていたのですが・・・。 診察を終えるころだったか・・・?私が一人訪ねた時だったか・・・
 「個人的な話しすると・・・私も そうなったら 付けないと思うね」 と ポロリ・・・びっくり
そのドクターの一言には 深い深い 我々では計り知れない 思いがあったはずです。


主人の選択は 人口吸器も遺漏もつけない という選択でした。 機械で生かされる 誰かの世話になりながら生きるのは 「 俺にとって屈辱だ。耐えられない 」とも 言っていました。私が想像する以上のプライドを持っていました。亡くなる数日前 「 オムツをつけるくらいなら その前に死にたい 」と穏やかな口調で私に洩らしていました・・・ 

自分のポリシーに 揺らがない人でした家
 
 

   


Posted by マリン at 15:33Comments(0)介護

2010年08月25日

ユニークな子育てを振り返る

出先で お孫さんの話題がでました。  子育ての話しから脱線し・・・ちょっと変わった汗 
我が家の娘のお昼寝の話し 
を 思い出し紹介しました。

我が家は 不規則な仕事だったため 昼に主人がいることがあり 娘のお昼寝の時間になると
「よし 行ってくるか晴れ
「頼むね笑ぱー」 と 娘を主人に渡しました。
 「ブイーン ブイーン」 と 娘は 喜んで・・・パパとバイクに乗りました。バイクといっても 三輪バギーです。

パパが足を開き 股で娘を挟む感じで シートの前に座らせました。
左手で娘を抱きかかえ 右手でハンドルを動かしました。 調度そのころ住んでいた所は これまた田舎で 目の前は畑ばかり。 あぜ道も多く 空き地もあったり バギーが乗れる環境でした。(公道は不可)

何分か過ぎ 主人が戻ってくると 娘は パパの左腕にぐったり寄りかかり 眠り込んでいました
その娘を 布団に寝かせ 私はよく休息をとったものです。   

娘は1歳のころから バイクデビューしていたわけです。
「ユニークな子育てしてたのですね」 と言われ はっとしましたびっくり

懐かしい十数年前を 思い出してみると 娘にも私にも 素的な思い出を残してくれたキラキラのですね・・・。
そんなお昼寝をした娘は  遊園地の絶叫マシーンが大好き汗



         


Posted by マリン at 15:52Comments(2)家族

2010年08月24日

密葬・散骨 みなさん勇気を持って! 

あちこちで 主人のお付き合いのあった方々に 散骨のお話しをしていますが・・・
近くに 住んでいる方から うれしいお知らせがありました笑

その方も 密葬・散骨希望らしいのですが 周りから批判を心配してたようですがーん…
「〇〇先生が 先にやってくれて よかったグッド 私も心配なく出来る」と・・・
誰かがやれば 勇気が出ますよね笑

まだまだ 私達の住む地域は 古い地元住民も多く こんなことしたら 変人扱いされても おかしくありません。でも 都会から移り住んだ方も多く 今風の流れも出来ている地域です。 我々も 長閑な土地を求め 市外から移住したわけですが 田舎の良さも認めつつ 形式に囚われない生活をして来ました。

思い起こせば・・・我々は 結婚式も挙げず 結納も 結婚指輪もありませんでした。もちろん 私達二人の方針を 貫きました
そのころは 地味婚はまだまだ少数で 私の親は世間体が悪い 
 「 お金を〇百万出すから 挙げてくれ 」 と何度も言って来ました。ただ 主人の母が現代的で?私達のその方法に賛成ぐー嫁ぎ先に従うことに 私の両親も 泣く泣く諦めたという 始まりがありました。

ところが 何年かのうちに 地味婚が増えて来たのです。母が 「お前達みたいに あそこは結婚式を挙げず・・・。 お前達は早かったねグッド 」と 堅物の両親も認めざるを得ない 時代の流れが訪れました。 地味婚の親仲間が 周りに増えたことで さぞ 両親はほっとしたことでしょうキラキラ

我々は 始まりも終わりも 無駄と義理を省き 華やかな儀式より 中身を大切にしたいという思いが 一致した夫婦でしたぱー

互いの家庭環境から こんな思いを 抱かずにいられなかった 似た者同士でした汗  

    



  


Posted by マリン at 21:40Comments(0)遺族として

2010年08月24日

お墓と散骨 密葬の話しで 大盛り上がり

主人をよく知る方々が数十名ほど集まった前で 散骨のお話しをしました。
すると 話し終えた後 次々質問が・・・グッド

結構散骨を考えている方  墓を持ちたくない方 密葬を考えている方  
子供が遠くに離れていて管理してもらえないからと ご夫婦で墓を持たない相談
されている方  先祖代々の墓の管理で お金はかかるは 寄付は来るはで 大変だと言う方
子供に負担をかけないように 生前葬を考えている方etc・・・  
それはそれは 話題が付きませんでした
中には 結婚していない知人の散骨を頼まれている方もいましたびっくり
そうか 墓を持つと そんな管理の煩わしさがあるのか・・・ お金もきりなく かかるらしいバッド
結局 親が立派な戒名をもらえば その負担が子孫に継がれるそうです汗
お寺の改装の度 ご寄付を強いられたり・・・考えただけで 冷や汗・・・汗


うん?? ちょっと待てよ・・・主人は墓に入らないから いいとして 主人の実家の代々の墓は・・・
私は 嫁だけど所詮他人で 元々相続義務はないからいいけど、娘にその負担が生じる可能性ががーん…汗  ちょっと余計な思い煩いをしてしまいました。
でも生前に その子孫の管理まで考えておいてもらわないと この少子化の世の中
子供達が大変・・・。話すべき時が 来るかもしれない・・・

私は もちろん主人と同じ思いです家 そうだな・・・私は・・土に返してもらいたいなにこにこ 植物育てたり 土いじり 大好きだから(名前は 海系なんだけど・・・汗) 実のなる木の下にでも・・・晴れ 娘、 頼むねグッド
  

  


Posted by マリン at 15:27Comments(0)遺族として

2010年08月23日

パパがいれば・・・

パパが亡くなる前に あるご褒美に 買ってあげると約束していたものがあり
それを買いに娘と〇〇電気に行きました。 

「あ~パパがいれば すぐ決まるのに・・・」買い物先での 娘の一言・・・ 
その一言が 結構 重く・・・辛いものがありましたがーん… 一瞬寂しくなり 表情が固まりましたバッド

電気製品に詳しいのはパパ 新しい情報を知っているのもパパ 修理もパパ・・・
私の頭の中は アナログで 娘が迷っていても アドバイス不可汗私には パパの代わりは出来ないのです。

今日も 同じようなことがありました。音楽の録音の方法で 聞かれて答えられるのは 私でなく娘
そうか・・・私が おばさん化 してるってことだから 仕方ないのですグッドグッド
前向きに考えて晴れ新しいことは これから 娘に頼もうぱー

でも・・・娘は そう簡単に 寂しい思いを切り替えられないかもしれない・・・くもり    


Posted by マリン at 22:10Comments(0)シングルマザー

2010年08月22日

母子家庭(未亡人)同士の不思議な出会い

娘の学校のオープンスクールのお手伝いに行って来ました車
受験生の保護者の方からの質問に 学校の様子をありのまま答えるお役目でした。
ほんとに 良いも悪いも ありのままでよいので 気楽・・・
( でも相手側は 学校の回し者では?と構えるかもしれませんね。)

会食があり 娘の出身校の皆さんが座っていた所に ちょっと緊張しながら 着席しました。 
目の前は 他校のお母さんでした。  ご挨拶の後 その方から 早速話題が出て・・・
「私立はお金がかかるけど・・・就学支援金はどうなのか?」というような内容だったかな汗??
なんせこの後 盛り上がってしまったのでグッドグッドグッド はっきり覚えてない・・・汗

そうなんですびっくり 偶然とは思えない偶然なんです汗

 実は うちは母子家庭なんです。主人が亡くなって・・・
え~びっくり??????うちも 主人亡くなったんです
びっくりえ~~~??????? 」

もうそこから 緊張感はプツンと切れて、学校の話しより その話題に・・・ 
「 いつ 亡くなられたんですか?」
「 今年の 〇月・・・」
「 え? 今年?? 」
「 そちらのご主人は?」
「 うちの主人は〇年前です・・・ 」

その方のご主人も 余命を宣告されて数ヶ月だったそうですがーん… 病気の話しはもちろん 母子家庭の悩みやら 辛さやら・・・それはそれは 昼食も食べられないほど 話しが止まりませんでした。


どう考えても 年だって同じくらいかと思います。 偶然にしては 確立の低い 偶然でしょう?
まるで こんな私達の慰めの場を 神様がプレゼントプレゼントして下さった??

帰ってきた今でも 不思議でたまりませんキラキラ



  


Posted by マリン at 17:33Comments(0)シングルマザー

2010年08月21日

親子でウォーキング

先日 娘に誘われ 初めて? 一緒に歩きました走る走る
日々 仕事と家のことで時間のゆとりもなく断ってばかりでしたが その日は時間のゆとりと 歩く体力がありましたグッド    

二人並んで お喋りしながら  夕暮れのお散歩へ・・・足跡 

「 色々話せて うれしい~笑 」 との娘の言葉に 
母として・・・・ ふと 「 えびっくり?? 」 と立ち止まる思いになりました。
珍しいくらい よくお喋りする親子だと思っていましたがグッド  もっともっと聞いてあげる必要があるってこと??

はっとしましたびっくり  今までは お喋り好きで 遊び相手のパパがいました家
 そうか・・パパの分の 埋め合わせが必要なんだ・・・・がーん…  
  


Posted by マリン at 21:31Comments(0)シングルマザー

2010年08月21日

自然葬 散骨準備

しばし 開けていなかった 骨壷をハラハラしながら開けて見ました。 
    自分の手にとってみました。     少し力を入れると 崩れてしまいました。 
       (この状態なら 自分に出来るかも・・・)   そう 自分で粉骨する気持ちになりました。

涙ながらに家族の手で愛情を込めて細かくして 散骨した経験者の記事が 頭から離れませんでした。
他人に頼らず 出来ることは自分でするぐーのが 我が家でした。主人は プロでもやらないことを自分でやってのけてしまう かなり器用な人でしたグッド こんな 簡単なことを 業者に頼むなんて 我々らしくないかも・・・。主人がどこかで見ていたら きっと 「 よし!よくやった笑 」 と喜んでくれるはずちょき

夏が終わる前に 主人の願いを叶えに行かないと・・・と思うと 一人庭先に遺骨を抱えて出ていました家
娘は見るのはちょっと・・・と逃げ腰でしたから 声はかけませんでした。 主人の母から遺骨を分けて欲しいと言われていた分を取り分けて 私は遺骨と向き合いました。

ビニール手袋をはめましたが ケガをするかもしれないと思い 家の中からある物を 持ち出して来ました。
主人と初めて キャンプに行った時に拾った 円柱状の石・・・ 二人の思い出の石です。
(我が家には あちこちの川で拾った 様々な石が オブジェになっていました。) 
「 この石で 叩くといい笑 」 まるで そんな声が聞こえてくるようでした。

簡単に粉になってしまう部分と 力を入れないと 崩れない部分がありました。 
気付くと 娘が しゃがみこんで 見ていました。 
     「 これ固いよ 丈夫な骨だから 〇〇とっておく? 」 
     「 うん ほしい 」
     「 あれ? このホチキスみたいの 何だろう? 手術で使ったものかな? 」
なんせ100針以上 縫った人ですから 針が出てきても おかしくないのです・・・汗
    「 この石は パパとママの初めてのキャンプの思い出の石なの 」
    「 え~ 知らなかった 」
    「 この石も この日の準備だったのかな? こうしてママの手で細かくしてもらえて
      パパは幸せだねハート

黙々 叩きながら 思い出話し・・・  
  
    「 とんとん すると 細かいのが下に沈んで 大きいのが上に出てくるよ 」 と 娘・・・
    「 色々 知識が増えたねグッド  」 
 何気ない会話をしながら 骨は見る見る細かくなりました。 本当に記事で読んだように 思ったより 簡単でした。細かくなると 骨壷の5分の1ぐらいの 入れ物に納まってしまいましたグッド 墓地という土地の問題があるのなら 正に散骨によるエコライフが可能なことを 実感した瞬間でした。貝殻の破片か砂のように 海にまいても おかしくない状態です。 

 「 また 海に潜りたいな~ 」 
 「 潜ろうか・・・ 」

 毎年のように 三人で過ごした海・・・  パパが娘と手をつないで泳いだ海ヨット 
 もうすぐ 連れて行くからねヨット


   


Posted by マリン at 01:09Comments(0)遺族として

2010年08月20日

冷汗・・・日焼け止めクリームにご用心

先日 こんなハプニングがありました汗
草取りをしようと すっぴん顔に 日焼け止めクリームをベタベタ・・・いや パシャパシャ塗って外へ走る

30分もたたないうちに 鼻水・・・汗 ( 夏草の花粉症だから? )
頭痛なんてまずない私が じんじん 頭痛がーん… (熱中症危ない?)

頭痛はひどくなるばかりバッドバッド (介護疲れが出て 私壊れた??)
*亡くなって半年後あたりに がっくりくるからと 周囲から言われ 構えてました。

とにかく断念して身体を冷やそうと浴室に行くと なんと 目が腫れていて 真っ赤~びっくり 
シングルマザーという不安汗が どーんがーん… と押し寄せてきました。


眼はじんじん痛み 頭はズキズキ痛み 涙が止まりません  眼を洗っても アイウォッシュ使っても 痛くて痛くて・・・ 

そう・・・ 原因は日焼け止めクリームがーん…

どうやら 娘のものを適当に使ったのですが よく見ると 「SPF50」(ボディ用?)「落とす時はクレンジングをお使い下さい」・・・その強烈な成分が 汗とともに 眼に入り 貼り付いたようです。眼にクレンジング塗るわけにもいかず とにかく 泣いて泣いて 涙で洗浄しました。 おさまるのに3時間ほどかかりました。

大事に至らず 良かった。 落ち着いて行動しなさいって ことかな~?

  

  


Posted by マリン at 22:21Comments(0)シングルマザー

2010年08月16日

あの有名人も散骨だった  

たまたま出先で 散骨の話題が出ました。
散骨に関する知識は みなさんバラバラでした。まく所が決まってるのではないか?埋葬許可証はいる?などなど・・・。人は海から生まれたのだから 海に返すのが一番!いいという声も聞けたのには安心しました。やはり何事も 間違った情報に振り回されず 「やりたい!」と思ったら 諦めずに とことん調べてみるべきで 専門家に聞いたりグッド調べたりしてグッドよかったと思いましたぱー(散骨以外でも 間違った情報を信じていたり 古い情報で止まっている方々が結構いるものです・・・。みなさんも 是非調べて下さい! )  

調べている間に こんなことも知ることが出来ました。「著名人・有名人の散骨」ぱー
http://www.jiroimu.co.jp/sea/html/page_celeb.html (こんなにいるんですねグッド
石原裕次郎さん 横山やすしさん 勝新太郎さん アインシュタイン博士 マリア・カラスさん・・・
有名人 著名人がたくさんいるもので かなり安心しましたにこにこなんせ この辺で散骨された方の話題も 聞いたことないし・・・
  
色々調べると 遺骨を流しやすいように 粉末にしてくれる 業者もあるんですね。
自分で細かくする方法まで載っていましたが、ちょっと汗かなり汗抵抗ありバッド バッド
 そう・・・火葬後がーん… 骨を骨壷に納める時のことでした。 
係りの方に「散骨するんです」と 話したら 「だったら 細かくしておきますね」と 手馴れた手つきで 骨壷の上からガリガリ骨を崩し始めたリアルな場面が 脳裏から離れませんびっくり
確かに 固りが浮いてたら怖いですが・・・がーん…とても私には出来そうにありませんがーん…
  http://www.saigetuan.com/powder/index.htm http://shizensou.net/section/shizensou/shizensou-hunnmatsu.html 

クルーザーで散骨するプランもありました。ヨット

海に詳しい知人に 情報も頂きました。流す場所 船の手配・・・ヨット


  


Posted by マリン at 12:24Comments(0)遺族として

2010年08月15日

夫のいない夏 

昨日は 曇り空・・・くもり
やっと 重た~い腰をあげて 庭の芝刈りをしました家

無心に草をとり 働いた後の 綺麗になった喜び笑を想像すると 身体は休むことなく動くものですが
 さすがに今年はパワーダウンしていますバッド完全には終わらなかったけれど 
取りあえず  見た目は さっぱり家キラキラ でもやはり 虎刈りがーん…・・・

家族で過ごした 庭・・・ 主人の芝刈りは それはそれは 丁寧で綺麗キラキラな仕上がりでした。
黙々と草を取るのは 私の役目。 娘は 芝を熊手であつめたり 虫取りしたり 泥遊びをしたり  
それぞれの 役目がありました。 

庭でご飯を食べたり お茶を飲んだり バーベキューをしたり 花火をしたり・・・
仲間を呼んで 宴会をしたり・・・   この庭には 思い出がい~っぱいプレゼント 

久しぶりに 家族の平和なひととき を思い出していた 私でした

主人がいない夏 こんな幸せな思い出が傍らにありました。 
    まだ居なくなった実感がない感じですヨット

  


Posted by マリン at 10:21Comments(0)家族

2010年08月13日

自然葬「散骨」を願う  (振り返り)

「散骨」の希望は 結婚した当初から話題になったおりました。
当時 何かの宗教を持っていたわけでもなく ごく自然に抱く願いでしたキラキラ

今まで破棄していた葬儀社のチラシを見るようになり ある日 花のベールがかけられた棺の写真に目が留まりました。この2軒目に当たった葬儀社は 1軒目のキンキンギラギラの立派な会場(いかにもお葬式)とは 全く感じが違い 会場がまずシンプルでした。

担当者が不在でしたが 事務の方が丁寧に電話をつないでくれて 希望を説明できました。 短いやり取りでしたが 次の日早速 見積もりがFAXで入りました。1軒目の半分以下の料金でしたびっくり すると 何枚か「散骨」についての資料も送られていました。(うわー 電話だけなのに 親切な葬儀屋さん)我々は営利で考えたら それはそれは お金にならないお客ですのに・・・。この親切な対応に心がグラリ動きましたグッド 

 散骨について   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A3%E9%AA%A8
   http://www.saigetuan.com/index.htm  (頂いたFAXとは違いますが・・・参考に)
 散骨された有名人 http://www.wataru-sankotsu.jp/form/celebrity.html

このころ利用していた ショートスティから帰った主人に このFAXの文を説明すると
(目が見えなくなっていたので 読むことは無理でしたから)
「よし笑決まった 〇〇の海に散骨
庭に埋めてくれてもいいにこにこ

〇〇の海は 娘が1歳のころから家族で毎年夏の終わりを過ごした海です。
有無を言わず決定ちょき

こんなやり取りは 夫婦の平和なひとときでした家
価値観が見事に一致していたからでしょうね・・・
  


Posted by マリン at 12:34Comments(0)家族

2010年08月13日

「自然葬」 墓には入らない・・・ (振り返り)

お盆ですが・・・これは冬の介護中の我々の記録です。

いつごろだったか・・・こんなシビアな「葬式と墓」の問題を話したのは? 亡くなる1ヶ月ぐらい前??
「 春まで持つかな?持たないだろうな・・・ 」
病気の進行や 死期まで 身体の状態で予想していた主人がいました。

私も 主人の望む 無宗教の家族密葬がどの程度叶うのか 墓地購入の件やら 急に
バタバタしては困ると思い 経験者の知人に相談したり 1軒の葬儀社に相談に行きました。
( 考えて悩んでいるより行動あるのみ走る)我々にとって 墓の問題も重要でした。主人の実家にはもちろん墓はあるのですが、主人の思いは・・・

我々は 実は日本には「墓に入らないとならない?法律」があると思っていました。
「 散骨できたら良いのにな・・・。俺はどこでもいいや 引き出し式の墓でもいいし・・・。」
「 仕方なし 実家の墓に入れば 買わなくて済むな・・・でも戒名なんていらないし・・・」
主人の希望は 本当は散骨でしたから・・・法律を守るために仕方なしバッドという感じでした。 

私が葬儀社に初めて足を運び 葬儀の希望やら聞いてみると
葬儀社 「現代は 個人の希望で いくらでも自由に葬儀は組めますよ 大丈夫ですよグッド 」
葬儀社 「 墓が欲しいなら 紹介もしますが・・・墓には入らなくてもいいんですよ。」
 私  「えびっくり?? いいんですかグッド??」
葬儀社 「 今はこの不景気で墓を買えない人もいますよ。無縁仏もあるでしょう? 家にそのまま置いておく人もいますし 土に埋めてもいいんですキラキラ
  墓地、埋葬等に関する法律との関係 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A3%E9%AA%A8


この日 葬儀社に行く事は さすがの私でも 主人には言えませんでした。
 私「 今、仕事終わって これから銀行解約で回るから遅れるけど トイレ大丈夫?」
主人 「 大丈夫だよ 」
取りあえず電話で確認をとり 出かけて 葬儀社の相談まで済ませて家帰ったのですが   
主人との会話の成り行きで 背中の向こうから    
主人 「 そうだ 葬式のことも 業者に聞いておいてくれぱー・・・」
 私 「 え汗?? 私からも言おうかと思ったけど さすがに言い辛かった汗
主人 「 遠慮すんなよ!俺だぞグッドなんでも言えよ晴れ 」
 私 「 実は・・・今日 銀行の帰り 寄ってみたの・・・」
主人 「 さすが〇〇〇だなグッド 」

そして聞いてきたことを説明し 墓の件を話すと・・・グッド
やった~墓に入らなくて済む晴れ
それはそれは 喜び Vサインでしたちょき

自然葬について  http://shizensou.net/     http://ohaka.hadoutop.jp/  


Posted by マリン at 11:53Comments(0)家族

2010年08月10日

家族密葬ゆえに 忘れ物?

主人には あちこちに 教え子がおりました。
小学校の教え子に始まり、塾の教え子、幼稚園、専門学校の教え子、ある団体の教え子・・・。
何百人ではまず足りるわけありません。何千人びっくり??

家族密葬ゆえに 後にお便りをあちらこちら配布したのですが・・・なんせ 教え子は数えたら切がありません。私が分かる範囲でのみ配布したのですが 親しくしていたある学校の教え子の皆さんに お知らせが届いていなかったことが判明汗病気の発病も、亡くなったのも知らないままだったと・・・・バッド

今回改めて またお便りメールを作成し その学校の生徒の皆さんに回して頂くように手配しました。
何人まで流れるか想像出来ませんし、連絡先の分からない生徒さんですから メールで配信できる便利さはには助けられますぐー

これで告別式を開いていたら 一度にご挨拶も出来たのかな・・・??ちょっとだけ想像しかけましたが
我々が決めたのは迷わず「家族密葬」   余計な想像無用ぐー
決めたことに責任を持ち 貫くのみグッド 




 





  


Posted by マリン at 21:23Comments(0)遺族として

2010年08月09日

去年の夏 安心感 (振り返ると・・・)

病名を宣告された 去年の夏を思い出してみました ヨット簡単に綴ったブログ読み直してみました。書き切れてないことはたくさんありますが・・・穏やかだったな~と 思いました。

ふと あの穏やかな 夏の夜家キラキラを思い出しました。
少々病気へのショックからか 不眠というものを経験した私が 緊張が解けたのか?夫の傍ら
でスヤスヤ寝てしまったのです。夏でしたから 布団もかけずに ごろ寝だったかと思います。
夫は 毎日だるくて熟睡出来ない 早く目覚めてしまうと嘆いていましたが・・・ 
・・・久しぶりにリラックスして 安心して寝れたにこにこ・・・。 そばに居たから・・・」と、ぼそっハート確かに しばし別々の生活でかなり気が張っていた私も 言葉では現せない 安心感があったかも・・・。    
 
あんなにあんなに怒闘った我々なのに 夫婦って・・・いや 我々って 言葉では説明しようがない何か・・・「絆」が?あったようです。


まあこの後も 色々ありましたが・・・汗

ちなみに夫は 愛情表現をよく口にする人でした。しかし行動は・・・??汗(・・・型だしがーん…)夫はロマンティストで 山のような夢を描きつつ 私は理想より現実主義で 「言葉より行動あるのみ!」ときっぱりぱー
夫は情熱的で熱しやすく晴れ晴れ晴れ・・・ 私はクール雪雪雪?  いや遠赤外線・・・かな~? 




 





  


Posted by マリン at 23:37Comments(0)夫婦

2010年08月04日

12月のガスもれ事件  介護を振り返り 

キッチンに入るとガス臭い汗警報機も時々なる汗汗
夫は「 そういえば鳴ってたかも(ケロリ) 」というくらいでした。(おいおい・・・がーん…
朝起きたら、やはりガスの匂い・・・汗 汗 汗
私は鼻が利くせいか 敏感に感知ぐー そして やはり 警報機がなりました~汗走る
 
ガス会社の方に来てもらい判明したのは・・・
閉めっぱなしの使っていない予備の元栓が開いてて(元栓2つあり)、その元栓が壊れて少しずつもれていたことが判明びっくり

どうやら、私の不在中、ヘルパーさんが開けてしまったようです汗メインの元栓の場所に 張り紙はしたのですが・・・下手したら 家が吹っ飛ぶところでした家バッド

でも気づいてよかったグッド私としては あちこち何がどこにあるか 扉と引き出しごとに 張り紙を張り 安心していたのですが甘かったようです。 

もちろん事業所の方にもまた報告し、互いに予期せぬ問題に 勉強させられました。




  


Posted by マリン at 23:57Comments(0)介護

2010年08月04日

初めてのヘルパーさん (介護を振り返り)

私の忙しさに夫が心配し また自分の両手の使えない現状に プライドを捨て ヘルパーさんが昼食作りに入るようになった まだ間もないころの話しです。

ヘルパーさんの派遣は 先日契約した介護事業所Aから 私たちの住む近隣の事業所Bに依頼があり そこからの派遣でした。B事業所の所長は偶然 私のPTA関係(娘の同級生のお父さん)の知人で 主人も良く知る人でした。主人と年も同じくらいで お世話になる話をした時 それはそれは知人のほうが神妙がーん…な表情であったのを 覚えています。

食事の介助は 2名ペアで来て下さるのですが いつも同じ人とは限りませんでした。
主人もかなり緊張もしたようですが 仕事柄 自分にひきつけるのは それは上手な人でしたから
あまり心配はしませんでした。

二回目ぐらいに?こんな問題がありました。初めて訪れたヘルパーさんが 我が家の玄関に入るなり「 私だめ!入れない! なんで言ってくれなかったの? 」と 玄関先でペアの方と言い合い?そう・・・我が家で飼っていた 人懐こい愛猫が玄関にお出迎え・・・。 その方 猫アレルギーだったのですがーん…さすがに 主人も気分を害していました。玄関先で そんな言い合いして欲しくないぷんぷんと・・・「職場教育がなってないぷんぷん」って・・・

おまけに「 時間です 時間です 」と 契約時間が終わるころ(1時間半)になると 携帯が鳴り出すヘルパーさんびっくり 主人も唖然としたそうですがーん… これって いい気分しないですよね・・・バッド

主人も いつもなら激怒しクレームを訴えるところ 知人ということもあり 事業所を立ち上げたばかりでもありましたし 笑い話にして こんな問題があったことを伝えてました。まさか 動物アレルギーの問題は 予想外だったかもしれません。終了時間のあの煩わしいお知らせ音も(時間です 時間です) 知人もビックリしていました汗「注意しておきますね」って。

でもこうして 意見しながら 介護される側が 気持ちよいサービス受けられようになれば幸いです。
事業所側も 細かな配慮ができる事業所として スタッフの教育の向上が成されることと思います。

そんなわけで「時間です」音は 無くなり 猫アレルギーのヘルパーさんは 来なくなりました家汗

この後 恐ろしい問題が・・・・




      


Posted by マリン at 15:47Comments(0)介護

2010年08月03日

「お葬式は生きているうちから」 NHK

8/2 放送 クローズアップ現代(NHK 19:30~)見られましたか?
「お葬式は生きているうちから」→http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=2923

まだまだ心の整理など付くはずがない!一生つかない!と思っている私に 正に「愛の手」でした。

家族が長年ばらばらで 父の死を前に 葬儀をどう行うかで 家族がやっと一つになれたという家族・・・
仕事一筋で 家庭を返り見なかったご主人が 死を前に 奥さんに
「 お前だから安心して子供たちを任せられた・・・」「 ありがとう・・・」って、初めて・・・ハート
長年ばらばらでも この最期の瞬間に 一つになれた家族を目にし 本当にうれしく思いました。

そういえば 我々もお葬式のことを率直に話していました。家族密葬 棺の衣装はこれ 戒名はいらない 墓には入らない 海に散骨etc・・・この話題では意見の違いもなく 不思議と完全一致ちょき  明るい笑い話になっていました。忙しい中での 穏やかな夫婦の時間の一コマが思い浮かびますにこにこ

我々家族には 笑いあり 喜びあり 感動あり 一致団結し 楽しい思い出も 溢れるほどありましたグッド
経験した辛さの形は違うけれど 幸せがいっぱいハートあったと 感じずにいられませんでした家













 



  

   


Posted by マリン at 01:11Comments(0)遺族として

2010年08月02日

ケアマネは哲学を悟る (介護を振り返る)

介護事業の仕事もしている関係で知人から ケアマネジャーさんを紹介して頂く話がでた時・・・ 
「 ケアマネは実力だけでなく 介護を受ける人の哲学も理解できないとぐー 」・・・この言葉が 胸にグッと来ました。

我々夫婦には 強い拘りと信念がありました。 結婚した時からでなく する前からかな・・・?互いに似た者同士が出会い 1ヶ月で結婚を決めた理由のひとつにこれらの似た価値観がありました。
「 もし死んだ時は葬式はしない。静かに密葬 」「 儀式に拘らない 」
「 もし機械で生きる選択を迫られた時は 延命はしない 」「 もし死んだら 臓器を提供する 」
「 輸血はしない 」「 医療に頼らず 自然治癒力を重視する 」・・・などなど 

 このALSという難病で 我々が決意しなければならないことは 「人口呼吸器」を付けるか付けないかでした。新聞でも度々目にしますが・・・シビアな選択でした。

この病気がどういう結末になるかは 順番は不明ながら覚悟をしていましたから
「 施設に行く 」 「 人口呼吸器はつけない 」と、きっぱり決めていた我々でした。
まだ呼吸器の現実を知らない娘や、主人の実家の家族から「つけて生きて欲しい」と言われ 迷った時期もありますが・・・  

延命の選択以外にも 我々の複雑な夫婦事情・家庭環境 仕事柄?医療への対抗心 夫の性格汗  進行も速いゆえ 複雑な我々を理解できる 巧みなケアマネジャーぐーが私たちには必要でした!

さすが知人でした。出会ったのは(「10月20日 介護事業所へ」を参照)大学病院勤務経験のあるもと看護婦で 医療に詳しく テキパキ機敏に仕事を進める 心強いMさんでした。全国で7千人という数少ないALS・・・ 医療現場を知るMさんだからこそ 手際よく介護プランが決まり 安らかに看取るまで漕ぎ着けたと思わずにいられませんぐー 
連絡が滞ったこともなく 事細かに 何度も連絡を取り 今必要な事 その後必要な事 病気の進行を先読みしながら 準備を整えて行きました。その傍らで私も 先々を予測し介護資料を読み これはどうなのか?夫はサービスをうけられるのか?と 質疑をどんどん出しました。家族に負担が増すことは 目に見えていたので とにかく頼ってばかりでなく先読みし行動しました。

そして 現実をはっきりと伝えてくれるMさんは 我々の理想でもありました。「はっきりしててごめんなさいね汗」といいなが言いにくい話もストレートに語ってくれました。「我々もはっきり言われるの大丈夫ですからにこにこ」と 言われたことを受け止め ストレートに返事を返すという スムーズなやり取りが出来ました。 お陰で介護プランもスムーズに決まりました。ズバリ言われてめげる様な我々ではありませんでした。ここのように 遠慮なく率直に話しあえたことは この病気の進行の速さに飲み込まれないで 毅然と立つ力となりました

でもソフトな語り方でないと めげてしまうタイプの方は汗 そのようなケアマネージャーさんがいいでしょうね・・・ぱー 相性は大切ですグッド     


Posted by マリン at 08:28Comments(0)介護